【プロフィール】
地理人/今和泉 隆行(ちりじん/いまいずみ・たかゆき)さん
7歳の頃から空想地図(実在しない都市の地図)を描く空想地図作家。大学生時代に47都道府県300都市を回って全国の土地勘をつけ、地図デザイン、テレビドラマの地理監修・地図制作にも携わる他、地図を通じた人の営みを読み解き、新たな都市の見方、伝え方作りを実践している。空想地図は現代美術作品として、各地の美術館にも出展。青森県立美術館、島根県立石見美術館、静岡県立美術館「めがねと旅する美術展」(2018年)、東京都現代美術館「ひろがる地図」(2019年)。主な著書に「みんなの空想地図」(2013年)、「『地図感覚』から都市を読み解く—新しい地図の読み方」(2019年)、「どんなに方向オンチでも地図が読めるようになる本」(2019年)。「地理人」Webサイトはhttps://www.chirijin.com/。
ありきたりの街を超リアルに描く
ーー「空想」をテーマにしたこのメディア。「空想地図」の今和泉さんはぜひ取材したいと思っていました。今日はよろしくお願いします! さっそくですが、「空想地図」の実物を見せていただいてもよいですか?
今和泉さん
いいですよ。こちらですね。
今和泉さんがかばんから取り出した、コンパクトな地図。広げていくと、A1サイズの大きな地図があらわれました。
今和泉さんが生み出した「空想地図」です。
描かれている架空の都市は、首都・西京市から30kmの位置にある県庁所在地「中村市(なごむるし)」。
ターミナル駅である中村駅と、商業の中心地・平川駅周辺には、商業施設が集積し、そこから放射状に鉄道や幹線道路が広がっています。
四方八方に点在する集合住宅団地や公園、川沿いに広がる工業団地、郊外に広大なキャンパスを持つ大学、競馬場……。あまりにリアルな街が描かれています。
--ほぉおおお……。改めて見せていただくと、圧巻ですね。ランドマークだけでなく、小さなビルやマンション名まで書かれているとは。実在する都市と錯覚してしまいます。
今和泉さん
ありがとうございます。中村市の空想地図で表現しているのは、ありきたりの現実的な日常の世界です。理想の街もつくれますが、それだと簡単に描くことができて、面白くないんですよ。それよりは、現実の人間社会の営みを読み取った上で、どんな街ができるのか。今後、少子高齢化が進むなか、地権者や住民、企業などの利害がぶつかると、街はどう変遷するのか。そんな普通の街の地図こそが、私の興味の対象です。
だから、ひたすらリアリティを追及しています。道路一つとっても、細かい道路が密集しているか、何本かの大きな道路が整然と通っているかで、まったく街並みが違ってきますから、1本1本意味を考えながら、配置しています。
--団地や工場などの施設の配置にも何か理由がありそうですね。
今和泉さん
そうなんです。たとえば、集合住宅団地と公園がセットになったニュータウンは、中心部から離れた丘陵地に造成された想定です。現実の世界でも、ニュータウンは丘陵地にあることが多いのですが、これは、高度成長期に首都圏や京阪神にたくさんの人が集まってきて、住宅が足りなくなったことから、手つかずだった丘陵を壊して開発した背景があります。東京の多摩ニュータウンや大阪の千里ニュータウンはその典型ですよね。千葉ニュータウンは高度成長より後のバブルあたりで開発したので、ちょっと後なんですけど。
このような立地の観点は、空想地図にも入れ込んでいます。そうして作り込んでいくと、「ここにコレがあるのはおかしいな」と違和感を覚えるので、その都度、修正しています。
7歳の落書きから生まれた空想地図
今和泉さんが「空想地図」を作り始めたのは28年前。7歳までさかのぼります。
今和泉さん
誰でも、幼少期は、自分でゼロからイチを生み出す空想の遊びを、自然としていると思うんです。たとえば、架空の花屋さんや家族を決めて、おままごとをしたり、敵と味方をつくって戦いごっこをしたり、といったことですね。それが、私にとっては「地図」だったのです。
当時住んでいた東京都日野市は「住宅地なのだけど、あの道路を超えると野山」というような都市と田舎が混在しているエリアでした。また、家に地図があったので、よく見ていました。そこで、そういう街並みを、地図という形で再現しようとしていたようですね。この頃はまだまだ落書きみたいなものです。
普通は小学校低学年で終わると思うんです。ところが、私の場合は、小学校高学年、中学校、高校、大学まで、空想地図をつくり続けていました。
--なぜそこまで続いたのでしょうか?
今和泉さん
理由のひとつは、小学校高学年の時に、友人の中村くんと出会ったことです。私の空想地図を見せたら、中村くんも書き始めて、中学の終わりまで、お互いラリーのように書き合っていたのです。ちなみに、「中村市」という名は、中村くんの名前から拝借しました。小学生の頃に、中村市の原型はできていますが、かなり形を変えています。
高校時代は中村くんと離れ離れになり、トーンダウンしたのですが、暇な時に、中村市を突き詰める作業をしていました。大きな模造紙に、鉛筆で慎重に書いては消すという作業を繰り返していましたね。大学生になり、地図を描けるDTPソフトが使えるようになったので、手書きの地図をトレースし、デジタル化しました。そこから10年以上にわたって、少しずつ修正を重ね、今に至りますが、まだまだ修正は続きます。
中村市の普通の住人になりきる
そこまで労力をつぎ込むほど、のめりこんできた空想地図。その醍醐味とはどこにあるのでしょうか。
今和泉さん
まずは自己満足という面は大きいと思います。ワンオペの密室趣味で、納得のいくリアリティを突き詰めて、コツコツ作り上げていく。ゼロからイチを作り上げるように見えて、ゼロをこねくり回しているだけのこともありますが、それもまた楽しいんですね。そして、作るおもしろさだけでなく、その地図を改めて見て、そこに映る風景やその地域の背景を感じることもあります。
小説を読むと、文章から主人公の心情や背景が浮かび上がってきて、紆余曲折のあるストーリーを楽しめると思います。空想地図にも似たようなところがあります。その地図の中の街の構造から、さまざまな人の理想がぶつかって街づくりがうまく行かなかったストーリーが浮かんでくるのです。完全に自己満足の趣味なのですが、そういう味わい方もありますね
ーーそこに住んでいる人たちの人生を考えることもあるのですか?
今和泉さん
はい。こんなものを作ったこともあります。
ーーこれは…?
今和泉さん
中村市の住民の落とし物で、財布の中身です。健康保険証、定期券、病院の診察券、学生証、スーパーや飲食店のレシートなどを再現しました。
ーーそこまでしますか! でも、本当にこういう人がいそうです。これまでの人生を空想してしまいます。
今和泉さん
あとは、地図を描く過程で、自分自身が、中村市に住んでいる誰かになりきることもあります。やったことはないですがコスプレと近い感覚でしょうか。ただ、まったくドラマチックではありません。
たとえば、有木台団地というニュータウンの近くに、有木台高校があります。ここは1970年代ぐらいに新設された、中学校の成績がオール4ぐらいの人が行く高校で、制服はブレザー。吹奏楽部とサッカー部が有名で、輝いている感じなんですね。このあたりの地図を描きながらに、もし私が通っていたら――とつい頭をめぐらせます。
制服を着崩す人、恋愛や友情を高める人を横目に、「みんな高校生活楽しんでいるな~」と隅っこでその様子を見ている高校生だろうな、と。ほとんどの場合、私がぴったり適応できる場所なんてありません。リアルな疎外感を感じてこそ、都市の現実味を感じ、ぐっと入っていけるところもあります。
ーー確かにドラマチックではないですね(笑)。
今和泉さん
リアリティ重視なので、ドラマチックな展開やファンタジーは没入できません。現実世界で淡々と生きている以上、空想地図のなかでも、大活躍しない自分でいるはずです。自分と似た人物だけでなく、いろいろな人になりきるのですが、どの人も普通の人です。でも、だから面白い。私は一周回って、普通の人こそ面白いと思っているのです。
これは、私が学生時代に、学校らしい学生生活を満喫するタイプではなかったことも関係していると思います。とはいえ、そういう人への憧れはあったので、「一般的な、それらしい人の気持ちを理解したい」と強く思っています。空想地図は、私にとっては多くの人の日常や人生をゆるっと空想してしまうフィールドでもあります。
ーー世の中を理解する一種のツールになっているのかもしれないですね。
今和泉さん
そうかもしれません。空想地図が、いつしか私の“看板娘”になり、空想地図を介して、さまざまな人とのコミュニケーションが増えましたし、そこから仕事をいただくこともあります。大学卒業後に入社したIT企業を辞めた後、「本を書かないか」と提案をいただいたのは、空想地図のおかげです。そこから、現実の都市や地図についての新しい切り口をおもしろがってもらい、地図関連の仕事をいただくこともありました。
空想地図を仕事に結びつけようという意図はまったくなかったのですが、結果的に身を助けてくれたのは確かです。
見る人の空想を引き出す装置としての空想地図
長い間、自分のために空想地図を作っていた今和泉さんでしたが、あることをきっかけに、「空想地図」の隠れた価値に気づかされます。それは、大学4年の時に、認定NPO法人カタリバ(以下、NPOカタリバ)で活動するようになったこと。カタリバは「学校に多様な学びを届ける」をコンセプトに、出張授業やワークショップなどをおこなっているNPOです。
今和泉さん
大学があまり合わなかったので、大学以外で何かしようと考えた時に見つけたのが、NPOカタリバでした。そこで、「空想地図」の話をしたら、「高校生向けの良い話になる」と面白がられたんです。「こんなにも役に立たないようなことでも、いろいろ突き詰めていくと、何かが見えてくる」。そんな話を学校でする人はいないので、いくつもの高校でこの話をするようになります。
ーー実際に、高校ではどんな反応だったのですか?
今和泉さん
想像以上に興味を持ってもらえました。当初は地理や地図が好きな学生が反応すると思っていたのですが、フタを開けてみると、何でもおかしい女子の笑いの種にもなりました。しかし最も響いたのは芸術系志望の学生です。ただただ黙って、食い入るように聴いていました。「あ、こういう人にこそ受け入れられるのか」という感覚は、自分でも発見でした。
それからというもの、カタリバ以外の場でも、さまざまな人を相手に、空想地図のイベントやワークショップをおこなうようになりました。その過程で、今和泉さんは気づいたことがあるといいます。
今和泉さん
それは、「リアルの地図に興味がないのに、空想地図だと見入ってしまう人がいる」ことです。
本物の地図には興味がないのに空想地図だけ興味を持つというのは、本物のブランド品は嫌いだけど偽ブランド品は好きみたいなもの。それが不思議で、ずっと考えています。
ーー一体、なぜなんでしょうね…?
今和泉さん
ひとつ考えたのは、「地図をどう見ているかが違いそうだ」ということです。私にとって、知らない場所の地図を見るとき、地図上からその街の様子を想像します。想像力を働かせながら地図を見るのですが、この過程は空想地図を描いたり見たりしているときと同じです。ところが、多くの人にとってはそうじゃない。地図は、「目的地に最短で着く」という目的を達成するためのツールでしかありません。
ーーなるほど~。それはそうかもしれません。
今和泉さん
しかし、はからずも空想の楽しみを伝えるツールが、空想地図だったのです。空想地図は、ググっても何も出てきませんし、現地の人に道をたずねることもできません。だから想像で見るしかありません。その結果、「自分が住んだらどんな感じになるんだろうか?」「どんな人がいるんだろう?」と空想する、初めての体験を提供していたのです。
空想地図は、見る人にとっての想像力や空想を引き出す装置でもあると気づきました。
ーー人生の新たな楽しみを伝える、という価値があったわけですね。
今和泉さん
正直、地図を見て空想する楽しみなんて、なくても生きていけますけどね。でも、子どもの時は、自然と空想をしていたように、誰でもそういう感性を持っていると思うのです。そういう意味では、空想地図は、硬くなってしまった感性をやわらかくするマッサージのようなものかもしれませんね。
何の役にも立たないかもしれない。
でも何かある。
地図の話に限らず、多くの人は、大人になると、ゼロからイチをつくるような空想をしなくなります。それは、「小学校高学年の壁」の影響がある、と今和泉さんは言います。
今和泉さん
最初におままごとの話をしましたが、小学3年生ぐらいまでは、ゼロからオリジナルな遊びを作り出す人がたくさんいます。たとえば、秘密基地をつくったり、迷路を作ったりするわけですよね。ところが、小学4年生より上になると、それがパタッとなくなります。大人の作ったルールのなかで遊ぶようになるのです。スポーツやテレビゲームなど、共通のルールがあるものでしか遊ばなくなるのですね。
大人の作ったルールのもとに遊ぶことは悪いことではありません。知らない人とでもプレーできるし、戦って勝ったり、技術が向上したりすることで人から認められることもあります。友達ができることもあるでしょう。しかし、その結果、ゼロからイチをつくるようなことをしなくなってしまいます。空想地図をはじめ、ただただ想像力で何かを生み出す人が、どんどん減っていきます。
ーー確かにそういう面はありますね。私自身を振り返っても、小学校高学年以降は、大人のルールに乗って遊んでいました。
今和泉さん
仕方ない面もあるとは思うんです。僕はゲームもスポーツも漫画も興味がなかったので、その流れに乗らなかったのですが、そのせいで、周囲の人たちと大きな壁を感じていましたから。
--空想のなかで生きていると、友達との共通話題がなくなってくる……。それはさびしいですが、その流れに乗ることで、大事なものを失っている気はします。
今和泉さん
自分であれこれ空想して、ゼロからイチをつくることは、たいがいゼロをいじって何も生まれない。ゼロがゼロのままになるだけ。目的に向かうことによる満足・快感・価値のようなものは簡単に得られないかもしれません。何かができても、何の役にも立たないかもしれません。
でも、それを続けていると、想像や試行錯誤の筋肉がほぐれてきて、面白いものが出てきたり、その人なりのクリエイティブの手段が見つかったりする。何より自分が楽しくなると思うのです。
--まさに、それは、今和泉さんと空想地図の関係ですね。
今和泉さん
私は、地図好きよりも、想像力、空想力を持ってゼロからイチを生み出す人が増えてくれればいいなと思っています。そういう人がたくさんいれば、刺激的だし、社会にとっても面白いと思うんですよね。何の役にも立たなそうに見えますが、楽しんでやっていれば、意外と可能性が見えてくるかもしれません。何の役に立つかわからないけど、自分自身がなぜか続けてしまう。そんなものを見つけられる人が増えるといいなと思います。
今和泉さん自身も、新たな空想を始めています。数年前からは首都・西京市の地図作成もスタート。また、中村市をさらに立体的にしていこうとしているそうです。
今和泉さん
昨年7月の展示「空想調査員が見た、空想都市」で、先ほどの財布の落とし物をはじめ、他分野のクリエイターの作品も展示したのですが、そこでは視覚だけでなく聴覚にも広げました。たとえば、中村市内の大手コンビニ「アルファマート」の店内のBGMや案内放送、中村市内を走る鉄道、中村電鉄線の車内で流れる自動放送も、アナウンスやラジオパーソナリティの友人の参画で再現できました。
聴覚だけでなく、五感で感じる空想都市にしたい。地図ではない専門性を持っている人たちを集めて、人が空想するということの価値を最大化していきたいと考えています。
ーー今和泉さんがどんな空想を形にされるのか、今後も楽しみにしています。今日はありがとうございました!