【プロフィール】
・酒井 草平(さかい そうへい)さん
1976年生まれ。立正大学文学部哲学科卒。フランスに2年滞在。出版社2年勤務の後、九ポ堂設立。いろいろあって活版・凸版印刷作品制作開始。お話し作り、印刷、ダジャレ担当。メダカを飼っている。
・酒井 葵(さかい あおい)さん
1981年生まれ。武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科卒。卒業後住宅設計事務所5年勤務。九ポ堂では主にイラスト担当。
空想採集帳、架空商店街、雲の上郵便局。物語のある紙雑貨たち
ーー今日はありがとうございます。私たちのメディアのテーマである「空想」について、いろいろお伺いできればと思っています。
葵さん
空想というと……、草平さんはなんかいつも空想しているよね?
草平さん
そうだね、しているかもしれないね。散歩していたり、ウトウトしていたり、空をぼーっと見ていたりするときに…。
葵さん
なんか日常的にふわふわしているよね(笑)。
草平さん
あと、毎日、夢の中でもいろんな空想をしているんです。「これ、面白いな」と忘れないうちに、葵さんに話すんですけどね。面白かったはずが、だいたい全然面白くない。
葵さん
そう、朝起きてずっと夢の話をしているんですけど、全然面白くないんですよ(笑)。
草平さん
忘れちゃうんだよな……。
葵さん
でも、そうやって話してくれるネタの中に、「それ面白いね!」と盛り上がるものがあって。その空想を形にしているんです。
酒井草平さんと葵さんは、「九ポ堂」を営むご夫婦。レトロで不思議な紙雑貨の企画からデザイン、印刷まで手がけています。その紙雑貨がこちらです。
草平さん
僕たちがつくる紙雑貨は「少し不思議」をコンセプトに、物語性があるものを意識しています。ちなみに「少し不思議」は藤子・F・不二雄先生の「SF=すこしふしぎ」からきています。たとえば空想採集帳は、「ノートを作る」ということが最初に決まっており、そこから、自由帳→空想帳→空想採集帳という道程をたどりました。
葵さん
普通の人には見えない空想を集める「空想採集師」が、標本瓶にいろんな人の空想を採集している。具体的にはこんなふうに空想を採集している……。そんな絵を表紙の裏や裏表紙などにびっしり描きました。小学生の頃に、学習ノートの表紙の裏に、いろいろ書いてあるのを休み時間に楽しんでみていたんですが、ああいうのをつくりたいなと思ったんです。
ーーノートの部分も、日付のところが、さりげなく「採集日」になっていますね。
葵さん
そうなんです。皆さんにくすりとしていただけるような小ネタやダジャレを入れるというのも、私たちの紙雑貨の特徴で。
草平さん
複数の商品でネタをつくっているものもあります。たとえば、七色珊瑚町商店街ハガキシリーズの「玉手箱化粧水」は、製造元が浦島化粧品で、浦島太郎が玉手箱の研究をした結果、若返りの成分を突き止めて……というものなんですが、実は別のハガキにある「亀タクシー」も、同じ浦島グループの経営なんです。どこかのタイミングで、浦島グループの社史をつくりたいと思っているんですけど。
葵さん
こういうことを、草平さんが一人でしょっちゅう考えているわけです(笑)。
祖父の活版印刷機が創作のきっかけに
九ポ堂の紙雑貨は、活版印刷機で刷られていることも大きな特徴です。そもそも酒井さんご夫妻が紙雑貨をつくるようになったのも、自宅に活版印刷機があったからです。
草平さん
実は、化学者だった祖父が退職後の趣味で活版印刷をやっていました。印刷機や活字を自前で持っており、自身の旅行記や知人の文章などを、一文字一文字、活字を拾って印刷をしておりました。常軌を逸した趣味なのですが、祖父が亡くなった後は使わなくなり、簡単に廃棄できないので、ずっとそのままになっていました。
葵さん
活版印刷は、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』でジョバンニが活版所で働くシーンでなんとなく知ってはいたのですが、実物の機械は見たことがありませんでした。それが彼の家にある、と聞いて、「えっ、あるの!?」と食いついてしまいまして。本物を見たら、その存在感がすごくて、ちょっと動かしてみたくなりました。
草平さん
そこで、活版印刷のイベントを見に行ったら、きれいなグリーティングカードを作っている人がたくさんいたので、「どうせなら、他の人がやっていないことをしよう」と。活版印刷のレトロな雰囲気を生かしながら、少し不思議で物語性のあるものをつくろうということで一致しました。
ーーふたりとも、そういうものが好きだったんですか?
葵さん
もともと、ふたりとも、絵本や漫画やアニメのような物語性のあるものが好きだったんです。私は『ムーミン』のトーベ・ヤンソンや『バーバパパ』のアネット・チゾン&タラス・テイラー夫妻の絵本、高橋留美子さんの漫画が好きで、自分でもよく絵を描いていました。それから中・高と自然と絵の道へ進んでいきました。
草平さん
うちも、父が大学で編集を教えていたので、昔から本に囲まれた暮らしをしていて、自然といろいろなものを読むようになりました。なかでも、イラストレーターの鴨沢祐仁さん、絵本作家のたむらしげるさん、小説家の稲垣足穂さんの作品が好きでしたね。でも、一番影響を受けているのは『ドラえもん』ですね。22世紀デパートのカタログがあるんですが、これがとても好きで、子供の時にいつも読んでいました。
葵さん
古雑誌に載っている昔の広告のデザインが好き、という点も共通していました。私は以前、建築関係の仕事をしていたので、店のファサードや看板などへの関心が強く、二人ともレトロな建物を見たり、歴史を感じさせる街を歩いたりすることが好きだという共通点もありました。二人で話しているうちに、「架空の店や広告があったら楽しいよね」となりまして。
草平さん
僕も趣味で架空の広告はつくったことがあったので、じゃあ、つくってみようかとなりました。
こうして2010年に、はじめてつくったのが、「ツキアカリ商店街」のポストカード。架空商店街シリーズの第1弾です。
草平さん
活版印刷のイベントに出した時、「ツキアカリ商店街? どこにあるお店ですか?」と聞かれるので、「いや、架空の店なんです」というと、「なんでそんなものを作っているんですか」「何のためにやっているの?」と言われたこともありました。
葵さん
でも、さまざまな種類を出すようになってから、だんだんと私たちのやりたいことが理解されるようになりました。当初は九ポ堂の名前である「活版印刷」の機械を動かすことが目的でしたが、文具メーカーさんからも徐々に声がかかり、文具として発売されるようになりました。
草平さん
もともと、九ポ堂はDTP(デスクトップパブリッシング)を本業にしていましたが、今では、紙雑貨の製作の方が本業になってしまいました。何がどうなるかわからないものです。
平日の喫茶店で夫婦ゲンカをしたわけは?
少し不思議で、くすりと笑える紙雑貨の数々は、二人の空想がかけ合わさって生み出されています。
草平さん
元ネタを考えるのはだいたい僕なんですが、そこから先の、イラストを描いたり文章を描いたりといった実作業は二人でおこなっています。
葵さん
たとえば、一つの商店街シリーズでいくつかの店のハガキをつくろうという時は、「これ、私がやりたい」「こっちは草平さんがやって」と割り振っていきます。ただ、一つのハガキをすべて一人でつくるのではなく、作業を細かく分担しています。絵を描くのは私のほうが多いんですけれども、彼がすべて担当していることもあります。文章やタイトル文字のデザインはほとんど草平さんですね。
草平さん
ラフは書くけど、あとのところを葵さんにいろいろ整理してもらう感じですね。ネタも一人だとなかなかふくらまないので、二人で「こういうのがあったら面白いね」「こうしたらどうだろう?」と喧々諤々と話しながら、肉付けをしていきます。僕は、この作業が一番面白いかもしれないな。
葵さん
うん、お互い意見を出し合うのは楽しいね。たまに変なことでケンカもするんですけど。
ーーなぜケンカになるんですか…?
草平さん
設定の意見の食い違いでもめるんですよ。たとえば、渡り鳥もそんなに長く飛び続けていると疲れるだろうから、と「渡り鳥のホテル」を考えたんですけど、「そのホテルの従業員は鳥人間なのか鳥なのか」と、平日昼間の喫茶店で白熱しまして。
葵さん
周りの人はちょっと何をもめているのかと思ったでしょうね。
草平さん
まさか架空の設定でもめているとは(笑)。
葵さん
でも、私は物語の原案が思い浮かばないんですよ。ちょうどよくネタ担当がいたので楽しめています(笑)。
草平さん
逆に僕だけだと、絵の技術が追いつかないんです。二人だからできたという面はあるでしょうね。
葵さん
私は、空想を形にしていく過程も好きですね。どういう紙を使って、色は暖色で……とか。作っていく過程で、また衝突するんですけど。
草平さん
印刷したときの色合いとかね。葵さん、色にうるさいからなぁ~。
ーーそれだけ、ひとつひとつにこだわっていらっしゃるということですね。
葵さん
ふざけた雰囲気のハガキなんですが、できるまでにけっこう難航することはありますね。でも、それだけ詰め込んでいるからこそ、お客様もハガキの向こうにストーリーを見てくださるのかな、と思っています。
草平さん
空想は自分の思うままにできてしまうのが魅力だと思うんですが、自己満足に陥りがちな面はあります。あまり作り込みすぎてしまうと、お客様が付いていけなくなるので、独りよがりにならないよう、着地点にも気をつけていますね。
現実世界の箸休めになれればいい
こうして生み出した「少し不思議」な紙雑貨は、お客様の心を掴んでいます。
葵さん
ふざけた紙雑貨なので、あまりおしゃれなデザインではないんですけどね。「ダジャレなどのふざけた要素があるほうが九ポ堂らしい」かなと思うので、これでいいのかなと。
草平さん
架空商店街シリーズは同じシリーズで約10枚ほどつくるのですが、「セットで全部買いたくなる」と言ってくださる方もいるしね。
葵さん
小ネタも、お客様はけっこう細かく見てくださっているんですよね。ハガキを使ってくださる方もいらっしゃるのですが、そうすれば、送った人はもちろん、届いた人もちょっと空想にふける時間ができるかもしれません。それが現実世界の箸休めぐらいになれたら、すごく嬉しいですね。
草平さん
そうそう。ちょっと愉快な気持ちになってもらえれば嬉しいです。
ーー日常でなかなか気が抜けないなか、「くすり」となるひとときは、一種の「薬」にもなっているかもしれませんね。
少し不思議な雑貨づくりをはじめて10年。創作意欲はますますふくらんでいるようです。
草平さん
昨年「レトロSF」という新作を発表したんです。宇宙旅行をテーマにした切手シールがあるんですが、惑星間ワープができるぐらいなのに、紙の切手を使うというありえない設定(笑)。こういう新ジャンルのものもどんどん広げていきたいと思っています。
葵さん
昨年、台湾で開催された紙とインクのイベントで、メインビジュアルのデザインをする、という初めての試みをさせていただきました。空間と、架空の物語をコラボさせるというのがすごく面白かった。またこういう仕事もやりたいですね。
草平さん
本業にはなりましたけど、空想してそれを形にするのが楽しいからやっている、という根本は変わりません。葵さんも僕も、物を作るのが好きとか、レトロなものや物語が好きとかは共通しているので。今後も、ああでもない、こうでもないと言いながら、時折、ケンカしながらやっていくのではないですかね。
葵さん
ははは。そうだね。
ーー今後も「くすり」となる紙雑貨をたくさん生み出してください。今日はありがとうございました!